アーサー・ビナード『亜米利加ニモ負ケズ』を読んだ。この本を読もうと思ったのは、タイトルのインパクトだった。内容を見ても、この言葉はアメリカと日本の両面を知った、作者の心性をよく表していると納得できた。
初め読んでいるうちは、つまらないエッセイだと思っていたが、日本語のことや日本文化のことについて考えさせられ、おもしろかった。
日本は他国よりも、社会に地縁的な性質が強かったのだろう。しかし最近は「無縁社会」と言われるほど、それが崩壊しつつあった。もしかしたら先日の震災により、いくらか地縁的な関わりが増えるかもしれない。だが、我々は「無縁社会」が良いか悪いかさえ、まだ充分に論じていない。
作者は、あとがきで庶民の「根腐れ」が一番怖い、企業に国家にグローバリゼーションのペテン風に飛ばされかねない…と述べた。私はこの言葉に、はっとさせられた。我々は資本主義の中で生活している、というよりは資本主義に呑まれている、といった方が正しいのではないか?…ここで短絡的な「資本主義ウンザリ論」に走るのは簡単だ。
しかし、資本主義は批判をしたところで無意味なほど、確固とした世界の仕組みになっている。「世の中に金が関わらないものは何一つない」という言葉に、あなたは反例を挙げられるだろうか?
では、資本主義のなかで何が幸福かを考えた方が利口だろう。資本主義の中での「成功」は年収や、メディアからの注目が一般的な概念であろう。そこで我々はその「成功」が自分の考える「成功」と一致するかを掘り下げて考えてみなければならない。なかなか答えが出るものではないけど、自分の中にしか言葉がない問題。
私はまだ考え始めたばかりだ。
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