世の中なんでも、わかりやすくないし、どれだけ説明されても理解なんてできない。

でも、あいまいなことを「書いていく」ことで、なにかが見つけられたらいいなって、そうおもってやってます。

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2011年11月19日土曜日

アンナ・カレーニナ1

言わずとしれた古典の名作。古典新訳文庫で全4巻の長編なので、『魔の山』『カラマーゾフの兄弟』を途中で断念してしまった私としては、読み通せるのか不安でした。

しかし、それも1巻を200ページ読んだあたりでなくなりました。この作品は、もはや読まないでいることの方が難しいくらいの魅力を放っています。表現の一つ一つが輝いていると感じました。

例に次のリョーヴィンが見たキティの美しさの描写を引用します。

キティのことを考えているとき、彼はそこ全身を、とりわけ娘らしいすらりとした肩の上にらくらくと憩っている、子供のような明るさと優しさをたたえた小さな金髪の魅力的な頭部を、生き生きと思い浮かべることができた。顔に浮かぶ表情のあどけなさとたおやかな肢体の美しさの組み合わせが彼女の独特な魅力をなしていて、リョーヴィンはそれをよく覚えていたのだ。だが会うたびに不意を衝かれたようにびっくりさせられるのは、そのおとなしい、落ち着いた、正直な目の表情だった。とりわけ彼女の微笑みはいつもリョーヴィンを魔法の世界へといざない、幼年期のまれな日々にしか味わった覚えがないほど、うっとりと安らいだ気持ちにさせてくれるのだった。(トルストイ『アンナ・カレーニナ1』p.77-光文社古典新訳文庫より)

物語の展開はもちろんですが、こうした美しい表現が要所要所に散りばめられていて飽きることがありません。残りの巻も楽しみです。

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