この本を読むまで僕は「普遍的なものなんてない」と思っていました。しかし、この「ない」という言葉も「存在の謎」も普遍的なことだったことに気づかされました。特に言語と普遍性についての考えは自分にはなかったので、いかに自分が「考える」ことをしていなかったかがわかりました。
いま「わかる」という言葉を使いましたが、これで僕の行動が変わらないのであれば「わかった」とは言えない、ということも学びました。本当に「わかった」かどうかは後になって知るのです。
この本の内容を「それも一つの考え方だ」とか「科学的根拠が無い」とか言うのは簡単です。しかしその発言を本当に「考えて」言ったのか?そこが問題です。
多くの物事を僕たちは簡単に片付けていたのではないでしょうか?「あたりまえ」という言葉は説明にならない、考えなくちゃいけない。なぜ考えるのか、それも考えなくちゃいけない。
この「―しなければ」や「―すべき」という言葉…この言葉を僕はよく使っているのですが、この言葉に対する考え方も変わりました。例えば僕が「宿題をしなければいけない」と言って宿題をするのは結局は「宿題をしたい」から宿題をしているということです。このような自分の行動選択、そもそもの「自分」という存在、言語、他人、家族、愛、友情、生、死…この本を読めば読むほど様々なことを考えたくなります。
この本ほど易しい言葉で語られる「哲学」の本は他に無いと思います。考えながら読むといいと思います。読むことを中断してでも一呼吸置いてじっくりと。
「生きることは楽しいものなのか?」
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
「死とは何か?」
「人生の意味とは何か?」
「存在とは何か?」
このような問いに「謎」を感じる全ての人に。
読了期間 5/30→5/31
評価 ★★★★★
ドストエフスキー『罪と罰』も読んでほしい。この本と共通することがあると思う。古典や名作と呼ばれるものをもっと読もうと思った。
ちなみに前から作っていたのですが、自分の考えや想像を書くためのブログを新設しました。
こちらにもさらに考えを書くことがあると思いますのでお知らせしておきます。
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