世の中なんでも、わかりやすくないし、どれだけ説明されても理解なんてできない。

でも、あいまいなことを「書いていく」ことで、なにかが見つけられたらいいなって、そうおもってやってます。

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2010年11月4日木曜日

チベット問題 ダライ・ラマ十四世と亡命者の証言


『ダライ・ラマ自伝』を翻訳した山際素男の著作。三章構成です。

第一章 ダライ・ラマ法王とともに
この章はダライ・ラマ14世へのインタビュー集のようなものになっているのですが、ダライ・ラマ14世の知的レベルの高さが窺えました。彼が毛沢東や周恩来に対してしたコメントは興味深かったです。

第二章 亡命チベット人の証言
聞くに堪えない、とても辛い話でした。中国の強引なチベット侵略の一部始終を知ることができます。

第三章 『チベット通信』より
チベット通信の翻訳をそのまま掲載しているようです。仏教国であるチベットの政治理念はとても素晴らしいと感じます。

第二章の亡命チベット人の証言は読んでいて本当に辛かった。しかし中国人がチベット人におこなったような残虐な行為は「他人事」ではないと思う。


前に紹介した『もの食う人びと』で読んだ内容だが、太平洋戦争時、フィリピンのミンダナオ島の山奥に入った日本兵は現地人38人を連行し、殺して食べてしまったという。また、同書では韓国人慰安婦問題についても触れている。中国がいまチベットに対しておこなってきたようなことを日本も様々な国でやってきたのかもしれない。

西欧諸国は帝国主義時代に様々な国を植民地化して不当な扱いをおこなってきたし、これが現在のパレスチナ問題の原因でもある。ナチスのユダヤ人絶滅政策や、カンボジアでポル・ポトがおこなった大虐殺、スペイン内戦、アルジェリア戦争…歴史を見れば、人類は平和よりも血を求めているのではないかと思えてしまうことばかりだ。


中国人のおこなっている非情な行為は「他人事」ではない。ただ、僕が中国に対して言いたいことは「現代は帝国主義時代ではない」ということだ。現代は不当に国に侵略するやり方を人類全体で受け入れない世の中になっている。人類は新しい時代に入らなければならないのだ。『これからの「正義」の話をしよう』を読んだときも思ったが、国家が「正義」を考えなければならない時代だと思う。

だから、日本をはじめとする各国は中国の姿勢を変えさせなければいけない。チベット問題を中国の内政の問題として済ませてはいけない。そんなことでは人類は新しい時代に入れないのだ。
世界全体の利益、世界全体の正義を考えた国策をおこなっている国は未だ、ないと思う。オバマに期待しても、核兵器の実験をおこなうようではだめだ。世界で一番の強国が核兵器を捨てるから意味があるのではないか? 

資本主義という体制は個人の利益・自由が尊重されて利己的になりがちだと思う。資本主義を打倒しろ!…とは言わない。ただ、利己的になりがちな社会の中でも、一人ひとりが大きな視点を持ち、世界という大きな輪の中で利益・正義を考えることができるようになれば、人類は新しい時代に入ることができるのではないだろうか。




上で言ったことは難しく聞こえるかもしれない。だけど、つまるところ自分が他人を傷つけて「良い気持ちがしない」ということの延長線上にあると思う。他人を傷つけて「良い気がしない」のならば、他人を傷つけないこと、他人に慈愛を持つことは「自分の利益」だ。では、人類全体を傷つけないこと、人類全体に慈愛を持つことも「自分の利益」と言えるのではないだろうか?僕はこのことを『14歳からの哲学』で学んだことを思い出して書いた。


僕は時々、重松清の小説『疾走』の主人公シュウジのことを思い出す。物語の中でシュウジは新聞配達をすることになるのだが、彼は新聞に掲載される知らない人たちの不幸・悲劇を見て、悲しいと思うようになる。


このことが上で僕が言ってきたことのヒントになるのではないか。我々は新聞の出来事に対して「悲しい」と思うだろうか?世界のみんなが新聞にあるような不幸・悲劇を心から悲しむようになれば、世界は変わる気がする。



本日、書籍の評価をいくつか変更した。理由は今まで読んだ本を相対的に比べてみたら気になる点があったから。

【評価を変更した本】
(3→4)『ウナギ…』『午後の恐竜』
(4→3)『会社に人生を…』

なお、書籍の中でも小説の評価は小説のなかでのもので、新書の評価と比べられるものではないことを報告しておく。

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