J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』を読みました。
この本の魅力を文章で表現するのは、すごく野暮なことかもしれません。しかし、どうにか自分が感じたことを表わせたらと思います。
主人公、ホールデンはインチキなこと、不潔なこと、下劣なこと、そのすべてを嫌っている。彼の目に映るものその殆どは醜く見える。くだらないことばかり。
彼の感じることにはすごく共感できる。もしかして、ホールデンは僕のことなんじゃないか?読者にそう思わせてくれる。彼はすべての読者の一部でもあるのだ。
僕の周りだって、くだらないやつらばかりだ。
パチンコで2万買っただの、今度の日曜日に競馬があるだの、AKBがどうしただの、セミナー予約取れただの、公務員無理かなぁだの……大学にいるとくだらないことを、さも重大そうに話すやつらばかりに会う。
ホールデンの嫌いなことは現実にありふれているが、好きなものは過去の人や空想の風景であって、現実ではない。現実はいつだってインチキなんだ。
ホールデンの空想、広いライ麦畑と子供達のいる風景…こんな風に僕らの社会がわかりやすく、気分良いものであったならどれほど素敵だろう?むしろなぜ、そうなれないのだろう?なぜ皆がそうもインチキなんだ?…そんな、社会への不満がこの本にはあると思う。
彼がデタラメなことや嘘ばかりを話すのは、そうすることで現実に属さないことを選んでいるのではないかと思う。
今回は野崎孝の翻訳で読んだが、今度は村上春樹の翻訳も読んでみようと思う。
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