世の中なんでも、わかりやすくないし、どれだけ説明されても理解なんてできない。

でも、あいまいなことを「書いていく」ことで、なにかが見つけられたらいいなって、そうおもってやってます。

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2010年11月28日日曜日

キャッチャー・イン・ザ・ライ

村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読みました。野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』との比較というかたちでレビューしていきたいと思います。

春樹訳だからといって、彼のあの特徴的な文体で訳されているわけではありません。むしろ、野崎訳とすごく似ているとも言えます。全体的に言えば春樹訳の方が意味が自然と頭に入ってきて、情景がイメージしやすかったと思います。そのうえ春樹訳の方が原書に忠実なのかな、と思いました。

春樹訳の方が優れている点
・ときどき注釈を入れた解説があること。
・野崎訳「ウィットのある」 春樹訳「機知に富んだ」 →後者がよりわかりやすい。
・野崎訳「だめだよ。おだまり。」 春樹訳「だめ。黙れ。」 →話の流れでは後者のほうが良い。

野崎訳の方が優れている点
・ホールデンの語り口がより特徴的。
・春樹訳「まやかし」 野崎訳「インチキ」 →後者の方が響きが良いと思う。


一番重要な違いは春樹訳に「ときどき注釈を入れた解説があること」です。『The Catcher in the Rye』は要所要所にキリスト教に関する発言やジョークがあるので、こればかりは日本語訳できません。そこで春樹訳では注釈を入れて解説しているわけですが、野崎訳では、力技で通してしまっている印象があります。こればかりは春樹訳に完全に軍配が上がっていると思います。

しかし野崎訳の方が、ホールデンの語り口により“くせ”があるという利点があります。これも大きな利点なので甲乙つけがたいです。

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