世の中なんでも、わかりやすくないし、どれだけ説明されても理解なんてできない。

でも、あいまいなことを「書いていく」ことで、なにかが見つけられたらいいなって、そうおもってやってます。

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2010年12月30日木曜日

若い読者のための短編小説案内

村上春樹『若い読者のための短編小説案内』を読みました。僕が中学校時代からずっと所持していたけど、読みそびれていた本です。なぜなら当時の僕にとって、とっつきにくい作品をまじめに語っているからです。

あのとき読んでおけばよかったなと思いました。せっかく「若い読者のための…」と言ってくれているのだから尚更くやしいです。(まあ、今も若いんですか…)
この本を読む前と後で、文学作品に対しての視点が変わってくると思う。日本文学の「第三の新人」と呼ばれる作家たちの作品から、村上春樹の本を読む姿勢が見ることができます。村上春樹は人間的存在を説明する際に下のような自己(セルフ)が外界と自我(エゴ)に挟み込まれている図を用いています。

自己は自我と外界の力を常に等圧的に受けており、また、それによってある意味では正気を保っている。しかし、この状況は心地よいものではないので、この構図をどのように解決していくか…ということを作家は小説を書くときに迫られる。上の図はその基本状態を示しています。

これは村上春樹の考えの一例ですが、僕は小説を読むときここまで分析的になることはありませんでした。自分の感じたこと・考えたことをなるべく文章化しようとはしましたが(それがこのサイトの目的でもある)作家を取り巻いていた環境から作品を考えたり、他作品との比較などをしながら、総合的に論じることはありませんでした。

この本での村上春樹のように小説について語れるようになれたら、すごく楽しいだろうと思った。そして、絶対になってやろうと思った。


あとがきで村上春樹は本の読み方について、僕らに個人的に語ってくれている。

僕はいつも思うのだけれど、本の読み方というのは、人の生き方と同じである。この世界にひとつとして同じ人の生き方はなく、ひとつとして同じ本の読み方はない。それはある意味では孤独な厳しい作業でもある――生きることも、読むことも。でもその違いを含めた上で、あるいはその違いを含めるがゆえに、ある場合に僕らは、まわりにいる人々のうちの何人かと、とても奥深く理解しあうことができる。気に入った本について、思いを同じくする誰かと心ゆくまで語り合えることは、人生のもっとも大きな喜びのひとつである。とりわけ若いときはそうだ。皆さんにもおそらくそういう経験はあるのではないだろうか。


とても印象に残る、あたたかい言葉ですよね。

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