世の中なんでも、わかりやすくないし、どれだけ説明されても理解なんてできない。

でも、あいまいなことを「書いていく」ことで、なにかが見つけられたらいいなって、そうおもってやってます。

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2011年6月24日金曜日

〈子ども〉のための哲学

この本は読んで“ため”になるものではないと思います。この本に共感することができるというその事実だけで凄くおもしろい本です。

この本に書かれている「ぼく」と〈ぼく〉の問題。この問題が分かりやすく言語化できていることが素晴らしい。私もこの疑問を漠然と感じてはいたのだけれど、この本のようにうまく言語化はできていなかった。

しかし、P118~121「いくつかの副産物」という章は筆者の思考に付いて行けなかったので、その点が共感できなかったのが少し寂しく感じる。

 

この本を読んで「哲学」に対する価値観が変わった。いままで私は哲学というものは誰にでも必要なものだと思っていた。さらには、哲学的な考えを持たない人をどこかで見下していたのかもしれない(だって、物凄く不思議なことを不思議と感じないなんて、欠陥なのではと思ってしまうから)。しかし、この本の「哲学は上げ底を埋める」という話を読んで、自分が哲学に対して偏見を持っていたことに気づいた。どこかで「哲学する」ということは「正しい」ことだと思っていた。しかし、そんな決めつけは哲学から最も掛け離れた考え方だったのだ。

〈子ども〉の哲学、〈青年〉の哲学、〈大人〉の哲学、〈老人〉の哲学、というカテゴライズを知ったときも、なるほどと腑に落ちる感覚がした。それぞれに役割があって、例えばすべてが〈子ども〉や〈青年〉の哲学やになってしまったとしたら、世の中は成り立たない気がする。でも、個人的には40,50、60歳…になっても〈子ども〉の哲学を忘れないでいたいと思う。それが大切なことだと私には思えるから。

2 件のコメント:

  1. これって、永井均さんのやつ?
    結構多くの人がこの本で哲学にはまっていくらしいよ

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  2. いつだか君が勧めてくれたからね。これをきっかけにして「哲学にハマる」ってのはイマイチよくわからないけれど、良い本だったよ!

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