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2011年11月9日水曜日

ジョニー・マッド・ドッグ

『ジョニー・マッド・ドッグ』を観ました。この映画は誰かに薦められた映画なのですが、観てみて評価が非常に難しいと思った。

内乱中のリベリアで、、略奪や強姦、殺人を繰り返す(自称)反政府軍「デスディーラー」その少年部隊隊長であるジョニー・マッド・ドッグの物語。

おそらく主張としては、「これが紛争の実態だ」ということなのだろう。しかし、私はこの映画を観て、何を感じればいいのかわからなかった。いや、「わからない」ということを感じたのかもしれない。

映画の結末に関して「酷い」とも「悲しい」とも「自業自得だ」とも思えない。だって主人公からして被害者なわけだ。その被害者が加害者となり、沢山の被害者を生み、その沢山の被害者の中の誰かもまた・・・

もっと言ってしまえば、アフリカ自体が人類史の被害者であったとも言えよう。

私は「戦争」を映画で描くことに関して疑問を感じる。映像表現は作り手の見方が強く訴えすぎるからだ。しかし、この映画は強い主張があるというよりは、普通の戦争映画とは少し違った表現に成功している気もする。

2 件のコメント:

  1. じゃあ、絵画で戦争を描くことは?

    総称してアフリカ人には、自分たちが「被害者」っていう意識はあると思う??

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  2. 映像は「特に」って意味です。別に戦争を映像化するのをやめろとは言ってないけど、影響力が強すぎる点は危ないと思う。絵画でも、小説でも、
    漫画でも、史実の見方を押し付ける恐れがあるものは怖いと思ってる。

    アフリカ人が自分たちで「被害者」という意識があるかはわからない。でも、俺はそういう見方もできると思っている。「アフリカ人は歴史の被害者だ」と“主張”するつもりはない。

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