多崎つくるとアカ、アオ、シロ、クロ。
この5人が調和していたことは、高校生までで、大学生になったとき(=ビジネスを中心とする社会に足を踏み入れる時期)にこの調和が崩れる。
完璧に調和した存在というのは、その「社会」では存在できなかったのだと思う。
5人のそれぞれが「社会」に適応できるように苦心をする。
多崎つくるには、自分の心の奥に「芯」のようなものがあった。だから大きな人間的な歪曲もなく、駅をつくる人になった。
アカ、アオ、シロ、クロは幾分か違かった。
アカはサラリーマンという仕組みに反発しながらも、結局はビジネスの大きな流れに組み込まれ、そのように演じることでしか
生きられなくなった。
アオは、サラリーマンという仕組みに乗り、日々を過ごす。誰がみても文句のない成功をおさめているようだが、どことなく満ち足りていない印象を受ける。
シロは、あまりにも、か弱過ぎて損なわれてしまう。村上春樹の小説にしばしば登場する人物。まるでノルウェイの森の直子のようだ。
クロは、必死に足掻いて結婚をし、スウェーデンへ。クロがそれほど人物的に変わらなかったのは「日本」という仕組みから脱したからなのか。
アカ、アオはそれぞれに人並み以上の成果をあげた。多崎つくるもやりたい仕事をやっているし、クロも客観的にみて幸福に見える。
しかし、彼らが本当に得たかったものは、かつての5人の完璧な調和であった。
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